2016年5月22日日曜日

志摩市

志摩市の由来




■志摩市(しまし)は、三重県志摩半島南部に位置する市である


■本土部は志摩半島に属し、北から西にかけては、鳥羽市、伊勢市、南伊勢町に接し、東から南にかけては太平洋に面する


■志摩市は平成の大合併の一つとして2004101日、同郡に属する浜島町・大王町・志摩町・阿児町・磯部町の5つの町が合併して生まれた


■由来
由来としては「志摩郡」の志摩であり、伝統・文化を継承する必要があることや「伊勢志摩国立公園」などの名称で全国的な知名度があることなどが挙げられる

市名候補として合併協議会で検討されたものには、英虞市(あごし、英虞湾に由来)・伊勢志摩市(いせしまし)・しま市・志摩市・美志摩市(みしまし)があった


■歴史上の人物
・九鬼嘉隆(武将)
・北条霞亭(漢学者)
・市川清流(漢学者・国学者、「博物館」の語を作った人物)
・伊東里き(明治期に北米移住に尽力)


略歴・経歴(プロフィール
■九鬼嘉隆(くき・よしたか)
1542年~1600年】戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。九鬼水軍を率いた水軍武将であり、九鬼氏の第8代当主である。志摩の国衆の一員として身を起こし、織田信長や豊臣秀吉のお抱え水軍として活躍し、35,000石の禄を得た。こうした経歴とその勢威から、江戸時代には軍記物などで海賊大名の異称をとった。後に関ヶ原の戦いで西軍に与し、敗れて自害した

0 件のコメント:

コメントを投稿